カフェイン過剰摂取で頭痛?ノンカフェインのすゝめ

一型糖尿病を患ってからというもの、糖質制限に目覚めてしまった為、基本的に甘いものを摂取しなくなった。食べる物も飲む物もだ。
その為、日常的に飲むブラックコーヒーにどれだけ拘るかが日々の楽しみになっていた。毎朝豆を挽いて、ハンドドリップでゆっくり時間をかけてコーヒーを抽出する。
こんな贅沢な時間。無駄な時間のようで無駄な時間ではない。
そういう日常もいいなぁなんて思っていた。

しかし、ある時からそのコーヒーに心が囚われてしまうことになったのだ。朝コーヒーを飲まないと、どうにも元気が出ない。なんだかやる気が出ない。最悪仕事にも行きたくない。という状況に陥ってしまった。コーヒーがないと頑張れない。コーヒーを飲まないと眠気が襲ってくる。コーヒーがないと脳がシャキッとしない。
なんとなくこんな感じの日々が続いていた。

そもそもカフェインとはコーヒー以外の何に含まれているのだろうか?

カフェインは天然の植物由来の成分で、コーヒーの他に、日本茶(緑茶)や抹茶、紅茶、ウーロン茶、カカオ豆(ココアやチョコレート)、コーラなどにも含まれている。所謂嗜好品の類にはカフェインが含まれているようだ。

サラリーマンの私は、朝出社前にコーヒーを3杯飲んで、仕事中には大きめの缶コーヒー一本+0カロリーのコーラーを午前中に飲み切っていた。今考えると、どう考えてもカフェインの過剰摂取だ。わかっていても辞められない。なんで辞めらないのだ。

カフェインには中枢神経を刺激して覚醒する作用があるため、眠気を抑えたり、疲労感が軽減されると言われているが、そのカフェインを過剰摂取しなければ頑張れないほど疲れていたのだろうか。それはそれで問題な気もするが。

今後の健康状態を心配し、これはいかんとの思いから、思い切ってカフェインを一切摂取しないで2週間過ごしてみたので、その記録を残そうと思う。

結論から言うと、想像以上にしんどかったが、なんとかカフェイン中毒から抜け出せたかなぁ?という曖昧な感じだ。ただし、それ以上に大きなものを得られた。

【1日目】
初日ということもあり、カフェイン断ちのやる気は十分。さっそく朝のコーヒーをやめて、ノンカフェインの麦茶を飲むことにした。冷たくて美味しい。とくになんてことなく、普段通りの日常が始まったと思った。

が、起床して2時間くらい経ったあたりから、妙な頭痛がするようになった。そして急激な眠気。まだ起きて少ししか経過していないのに、想像以上の疲労感がある。
ネットで検索すると、似たような症状を訴えている方が大勢いらっしゃる。これが禁断症状か。ただの頭痛だけならまだしも、強烈な眠気。これが非常にしんどかった。

なんとか堪えて、一日目は無事に終了。しかししんどかった。
初日が一番きついはずだから、今後は症状が和らぐだろう。

【2日目】
ノンカフェイン生活2日目開始。本日は休日。
しかし、なんと初日よりも頭痛がひどい。また倦怠感もひどい。こんな思いするくらいなら、もうカフェイン摂取しようなって気持ちになる。
ダメだ。今諦めたら全てが無駄になる。

思い返せば、禁煙した時も禁酒した時も、どちらもこんなにひどい症状は起きなかった。

しかしこれを乗り切れば、カフェインに囚われることなく生活できるはずだ。そう思いながら一日寝て過ごし、2日目終了。

【3日目】
まだ頭痛がする。なぜこんなに症状が改善しないのか。
何年も毎日カフェインを連用していたからか?依存症とはここま辛い事なのか。

この日は冷蔵庫に入っていたジャズミン茶を少し飲んだ。すると少し症状が回復した。恐らくジャスミン茶にはカフェインが若干含まれていたのだろう。ほんの少し飲んだだけだが、だいぶ症状が軽くなった気がする。
しかしカフェインを摂取してしまったという罪悪感が残る。罪悪感とともに3日目を終える。

【4日目】
まだまだ頭痛がやまない。倦怠感も強いままだ。
日頃の疲れが抜けず、ついカフェインを摂ってしまう。こんな生活を何年も続けてきたからだろうか。体にカフェインが染みついている感じだ。

しかしなんでこんなに疲れているんだ。
こんなに疲れてまで一体何をしていのだ。

この頃から自分仕事環境や、生き方、ストレス、休み方について深く考え始める。
一体何にそんなに疲れているのだろうか。

何がストレスで、何が楽しみで、何で自分は回復するのか。
そして極論どう生きたかったのか。

深く考えた。




深く考えた結果、仕事を辞める事にした。

続く。

糖質制限 おからのすゝめ

糖質制限を始めて、もう何年が経過するのだろうか。
一型糖尿病の自分が未だに合併症もなく健康に暮らせているのは、間違いなく糖質制限のおかげだと思っている。

現在の職場では、自分の病気のことをオープンにしている為、普段の食事のことでよく質問される。

その際一番多くもらう質問が、あなたの主食は何?普段何を食べてるの?だ。

糖質制限には主食という概念がない為、回答に困ることもあるが、最近私はわざと神妙な顔をしてドヤ顔でこう答えるようにしている。

おからですかね。

糖質制限をしているせいか、別の原因かわからないが、私は見た目が異常に若いらしい。アラフォーの私だが、20代半ばに見られることが非常に多い。
その為、最近職場の人達が私にならってお昼ごはんにおからを食べると言い出したのだ。

ちなみに、おからをそのまま食べたことがある人がどれだけこの世にいるだろうか。まぁほとんどいないと思う。よく食べるとしても卯の花くらじゃなかろうか。

まず、おからはそのまま何も調理せずに食べたら、恐ろしくまずい。
まずいというか、味がない、食感もなし、においもない。
栄養素を度外視するならば、口の水分を奪う以外、何もない食材だ。

漢字で表すならば「虚」や「禅」って感じだ。

そんな素朴なおからをおしゃれに美味しく変身させる方法をこれからお伝えします。

用意するものは以下三つの食材と一つの調味料のみです。

【食材】
おから
ひき肉
たまねぎ

【調味料】
出汁

ちなみにおすすめのおからはこれです。

・ゆば屋さんの国産おから 300g
大きなスーパーとかにはお豆腐コーナーの近くにおいてあります。
もしなければ、おからパウダー等で代用するか、別の生おからでも問題なし。

そしておすすめの出汁はこちら
久原醤油 あごだしつゆ
単純にとても美味しい。そしてえぐみがない。だが少し高価だ。

で、実際の調理の方法はというと、以下の3つの手順のみだ。

①まず玉ねぎをみじん切りにして、ひき肉と一緒に炒める
②次におからを投入し、①と混ぜ合わせる
③最後に出汁を適当にかけて混ぜる


以上

この少しの手間だけで、おからがおしゃれに主食に変身するから驚きだ。
食感は玉ねぎが担い、繊細で素朴な味はこの出汁とひき肉が担ってくれる。

おからが「無」なだけに、おから料理はアレンジが容易に可能だ。

糖質制限をしていると、毎日のお弁当のおかず作るのが本当に大変。
だから主食の代わりになる物がほしくなってくるのだが、おからをそのまま詰めても全く美味しくない。

そこで今回紹介したおから料理は大変おすすめなのだ。

ポイントは味を濃くし過ぎないこと。
主食になるポイントはさりげなさと、素朴。

もし毎日のお弁当で悩んでいたら、試してほしいと思う。

心の状態と血糖値の関連性。鬱にならない為に。

インスリン治療を行っている糖尿病患者に向けて自分の経験を書いております。

今日は自分の心の状態と血糖値の関連性について、最近よく感じていることを書いてみようと思う。
というのも、最近インスリンがほぼ効かずに朝血糖値が高いことが続いていたからだ。

そんな時は大体心の状態が不安定だったりする。少し鬱っぽい状態か。

同じ病気をもっている人は少なからずこの経験をしているんじゃなかろうか。インスリンが効かない原因は一つではないと思うが、やはり心の状態とは非常に密接に関係しているに違いない。

糖尿病を持っている方はうつ病・うつ状態を合併することが多く、その頻度は一般人口の約2倍と言われているのだ。そんな理由からも、心を健康に保つことは病気との向き合い方にとってとても大切なことだ。

今日は、心を正常に保ち、鬱にならないように私が工夫していることについてまとめてみる。

理想に向けて努力する

いきなり努力とかマッチョな言葉が出てきてしまったが、ここでいう努力とは一般的な努力とは少し意味合いが違う。

自分の理想とする生活に向けて、自分の行動を軌道修正していくという感じに近い。私はこの考え方でずいぶん楽になった。

今死ぬほどつらいのなら、何が辛いのか、どうすればその辛さから逃げれるのか、その為に今日からできることは何か。といった具合に、原因を深堀しつつ、自分の理想は何かを追い求める。そして、その理想に向かい少しでも歩き出すことだと思っている。

これは、非常に心が安定する。

自分の理想に向けて行動しているというのが、ポイントだと思っている。
自分の人生を自分でコントロールし、主導権が自分にある状態にもっていこうとする気持ちが大切なんだと思う。

どう生きたいかを必死に考える

・どういう生き方をしたいのか。
・何を大事に生きていきたいのか。
・どういう自分になりたかったのか。

この三つをひたすら考える。大きな意味での人生戦略だ。

この軸がしっかりしていれば、自分の行動や選択に一貫性が出てくる。

一貫性が出てくることで、自分の人生を生きているという実感がわいてくる。

自分の人生を生きているという実感がある為、気持ちが強くなり、ストレスに耐えることが出来る。

これに尽きると思う。

やらないことを決める

辛いことやうまくいかないことがあった時に、今まではもっと成長しようと思い、将来役に立ちそうなことをひたすら学ぼうとしていた。でも、その成長の先に自分の理想の生き方が繋がらないと感じた時、その学びをやめてしまっていた。
いつも途中でやめてしまう。

なんでやめてしまうのか。飽きっぽいのか?根性がないのか?

違う。

その努力がストレスだったんだ。
好きでもない、理想とズレている、社会に強制させられていると感じる努力は、ストレスになる。そんな努力ならいっそやらない方がマシだ。

自分の理想の生活に向けた努力には、自分に対しての説得力がある為、ストレスにならないのだ。

これからの人生、自分が好きなことの為に努力していきたい。

テレワークをやってみて気が付いたこと。最高の日々だった。

久しぶりにブログを更新している。半年ぶりくらいになるのか。。

実はコロナウィルスの影響で、約一か月程テレワークを行っていた。
社内で一定期間テレワークを行うよう指示が出たのは私一人だけ。

理由は基礎疾患がある為だ。
一型糖尿病とは基礎疾患なのだと改めて意識することになった。

さすがに重篤化されたら困ると思ったのか、緊急事態宣言が発表された翌日より、急遽テレワークに突入した。

そして緊急事態宣言が解除された今、そのテレワークも終わり、前と同じように会社に出勤している。←今ここです。

たったの一か月だったが、自宅での仕事を経験して気が付いたことがあるので、それをまとめておこうと思う。

①圧倒的な生産性

まず、びっくりしたのが、なんで今まで会社に通っていたのか分からなくなるほど、ほぼ不自由なく通常の仕事を行うことができたことだ、

ちなみに今の私の仕事は大手エンタメ企業のカスタマーセンターで、電話とメール対応が主な仕事内容だ。
そのチームのリーダーというポジションで、顧客からのメールにひたすら返信し、報告書を作ってクライアントに提出する感じの仕事だ。電話対応は私以外の社内のスタッフが行っている。

社内のメンバーとはZOOMでコミュニケーションをとりながら、社内にある自分のPCを遠隔で操作して業務を行っていた。
なお、遠隔操作にはクロームリモートデスクトップという機能を使用していたのだが、無料で使用でき、使いやすい素晴らしいツールだと思う。


テレワークを約一か月間続けたが、正直ね、一生テレワークで良い。


どうして今までテレワークを導入してこなかったのだろうか。こんなに効率のよい働き方はない。24時間いつでも会社のサーバーにアクセスでき、始業時間や終業時間にもとらわれない。


やろうと思えば、どんな仕事でもテレワークが可能なんじゃなかろうか。みんなテレワークでいいよ。なんて思えてくるほど効率が良かった。

テレワークをやらない理由はいくらでも思いつく。セキュリティーの観点から見るとやはり穴だらけのように感じる。

でもそのやらない理由よりも、テレワークの生産性の高さ圧倒的に上回っている。

②環境のよるストレスなし

自分が職場の人間関係にどれだけストレスを受けていたかに気がつけた。

一人で働いてみて思ったことは、大勢の人間と同じ空間で一緒に仕事をするのは、本当にストレスだったんだなぁということだ。

なぜか?

今回自宅で一人で働くことになって、朝起きるのがとても楽しくなったのだ。
起きるのが全く苦じゃなくなった。なんなら早く起きて朝早くから仕事していたくらいだ。ストレスがないってとても前向きになれるんだ。

別にコミュニケーションが苦手なわけでもなく、どちらかというとうまく立ち回れるほうだと思っていた。しかし本当は違ったのだ。
大きくストレスを感じていたのだ。人間関係に。

日頃感じていた憂鬱な感じは、仕事が嫌だからなんじゃなかった。
仕事場にいくのが面倒でストレスだったのだ。
仕事の内容ではなく。職場環境が私にとってはストレスだったのだ。

この年(37歳)になってようやく本当の自分の気持ち(性格)に気がづけた。

③通勤時間0分。

そりゃそうだよね。

自宅で仕事してるんだもの。
自宅が職場って最高なのです。

いつもなら満員電車に揺られている時間に、ゆっくりコーヒーのみながらテレビを見ている。しかも平日にだ。

最高か。

毎朝満員電車に乗って、何が楽しいのか。何がしたいの自分?これが理想の生活か?こんなこと一生続けるのか?

「満員電車での通勤は最高です。日本人の誇りです。みんなで同じ時間に同じ電車に乗って一生懸命はたらきましょう。」
なんて思考をもった奴は、もはや変態だぜ。。
なんて満員電車で通勤しているサラリーマンを憐れんだりしていた。

まとめ

今回のテレワークを経験したことで、自分がどう生きたいのか、どういう性格なのかがはっきりわかった。

・人間関係にストレスを受けていた人間だったこと。

・自宅で一人で働くことが好き。

・働くことは嫌いじゃなかった。むしろ働くことは好きなタイプだったこと。

・時間的な自由を手に入れたかった。

コロナウィルスのおかげで、はっきりとした目標が出来た。

自宅で働くことを目指す。私の当面の目標はこれだ。

インスリン注射 痛い?痛くない?

インスリン用の注射器で、自分の腹に自分で注射している。
このようなことを周りに話すと、概ね似たようなリアクションがある。

「それって痛い?怖くないの?」

大体注射に関するイメージは、皆同じようだ。

予防接種やなにやらで、昔注射された時の痛かったイメージが残っているし、針を刺すのはやはり痛そうだと思う。

実際、インスリン注射は痛いのか?


結論からいうと、痛い時と痛くない時があるけど、7割くらいは痛くないだ。

なんで通常の注射と違って痛くないのか?それには皮膚に存在する痛点が関係している。

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低糖工房 おすすめパンTOP3 糖質制限なら絶対に利用すべき

糖質制限を行っている方々、朝食は何を食べているのだろうか?
まさか朝から魚を焼いたり、肉を焼いたりはしていないだろうと思う。

私は、現在低糖工房のパンを朝食に利用している。
私はすでに3年程利用させてもらっているが、正直一生使いたいほど、とても助かっている。

糖質制限を始めてから、一番困るのは朝食じゃないだろうか?

朝から手の込んだ低糖の料理を作っている時間はないし、そもそも朝くらいは気軽に食事を済ませたいからだ。少なくとも私は、朝から肉なんて焼いている時間はない。

低糖工房を利用し始めてから、毎朝ここのパンを食べているが、本当に時間に余裕が出来た。そして、毎朝食事に悩むことがなくなった。

そんな低糖工房さんのおすすめパンを紹介したい。
おすすめはたくさんあるが、その中でも特におすすめの3つを紹介したい。

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糖質制限は危険なのか。約8年試してみた結果わかったこと

糖質制限は危険なのかどうか。数年前からずっと議論されている問題だが、未だ決着はついていない問題だ。


本当に糖質制限は危険なのか?
長いこと糖質制限を実施してきた私の自論はこうだ。

糖尿病の治療には間違いなく有効。
しかし、健康な人に対して危険かどうかは分からない。 健康な人は糖質を好きに摂取すればいいと思う。

ここからは、「なぜ、糖尿病の治療に糖質制限が有効だと思うのか」を詳しく書いていこうと思う。

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ポジティブシンキングの本質 間違った捉え方は危険

ポジティブシンキングの考え方を間違っている人が非常に多い。

つい最近、職場で恐ろしいくらいにポジティブな人に出会ったが、一か月も経たないうちに休職してしまった。あんなにやる気に満ち溢れていたのに。
あの人は一体何を考えていて、何を間違ったのだろうか。

「プラス思考」、「積極思考」とも言われ、物事を前向きに捉える考え方を、所謂ポジティブシンキングという。

ポジティブシンキングとは、人生を成功に導く為に必要な思考と言われているが、一体どういうものなのか。実は漠然としていて意外に捉えにくいものではないか。

ポジティブシンキングとは思考法の技術の一つだ。

もしも、ポジティブシンキングの捉え方を間違えってしまうと、体も心もボロボロになってしまう危険性がある。前向きに、積極的に生きることは大切だ。しかし、まずはその思考法がどういうものなのかを考えないといけない。

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一型糖尿病を患ってから今まで。辛かったことをまとめます

一型糖尿病を患ってからすでに10年近くたっている。なんとかうまく病気と付き合ってきているつもりだが、今までも辛いかったことはたくさんある。

そこで、何が一番きつかったのか、何に一番気をつかっているのかをまとめてみた。個人的な意見なので、他の方と考え方は違うかと思うが、誰か共感してくれる人が思うので、ここに記す。

野外のイベント事への参加が辛い

これは糖尿病患者さんであれば、一番避けたいイベントではないだろうか。
ここでいう野外イベントとは以下のようなものだ。

・バーベキュー
・フェス
・祭り
・花火大会

などなど。

何が辛いかというと、インスリンを打つ為の場所がないことだ。
特に海やプールはきつい。。

この手の場所にはインスリンを打たないと食べられない物しか基本は売っていないし、万が一低血糖になった時のことを考えるとインスリンを打つこと自体が怖いからだ。
みんなと一緒に何かを食べた後に、泳いだり飛び跳ねたりすることが難しい為、周りに気をつかわせてしまうのが辛い。

結果、野外のイベント系にはあまり参加しなくなった。
これらのイベントはある程度諦めるしかない。

糖尿病に限らず、なんらかの病気を患っている人はこの気持ちがわかるだろう。

無理に食べ物を勧められるのが辛い

スーパーのデパ地下や総菜屋を歩いていて、店員さんに「一口どうぞ」って言われ、ちくわやチョコレートを渡される時、非常に困る。

相手は営業で渡してきてくれてるんだろうが、それを全力で断るのは辛い。こちらも一口くらいは食べたいのだが、この病気はそうはいかないのだ。そして食べられない理由をちゃんと説明するのも面倒だし、説明したくもない。

こういう場合は、「練り物苦手でして・・・」とか「甘いものはちょっと・・・」と伝え、さっと逃げている。

とまぁ、相手が営業で食べ物を持ってきてくれる分にはまだ断りやすいが、一番きついのが、親戚や友人の家族、おじいちゃんおばあちゃん達が持ってきてくれる善意の食事だ。

以前親戚の家に遊びに行った時に、大量のソーメンとお寿司、大量の日本酒が用意したあった時は絶望した。

「私は食事に制限があるので食べられません」とはとても言えない雰囲気。

そして、さっとトイレに行ってインスリンを隠れて打つ。そして食べる。

この流れが結構辛い。

善意で用意された食事・おもてなしで用意された食事は、私にとっては一番の苦行だったりするのだ。

この場合誰も悪くないのだ。悪いのは、自分の健康状態か・・・と自己嫌悪に陥る。同じ病気の方ならこの気持ちわかるだろうか?

急な低血糖症状

低血糖の症状は様々がある。
経験したことがある人ならわかると思うが、身体的にきつい。家で何もしていない時なら良いが、仕事中や運動中に発症すると、まぁ大変だ。

ちなみに、予測不能の低血糖は、シックデー後や職場環境が変わった時に起きやすい。恐らくストレスと関係しているのだろうと思う。

低血糖時は頭が正常に働かない為、何をしゃべっているのかわからなくなる。言葉がうまく出てこない為、話が支離滅裂になってしまうのだ。電話対応中とかだと最悪だ。

商談中にチョコを一口食べるわけにもいかず、その場はずっと我慢するしかない。また電話対応中であれば、電話が終わるまでは捕食はできない。

まとめ

どうだろうか。
一つくらい共感できるものはあっただろうか。
というかあるだろうなと思う。みんな辛いことは大体同じだ。健康な人と全て同じようとはいかない。諦めなければならないことも少しはある。

ただし、辛いことと言えばこの程度のものだ。ちゃんと血糖値を管理していれば他は不自由なく暮らせている。

きっと大丈夫だ。

これから先も辛いことはあると思うが、ちゃんと病気と付き合っていこうと思う。

悩むと考える その違いについて

「悩む」と「考える」一見似たような意味合いをもつ言葉だが、その本質は真逆だ。

以前勤めていた会社で、「悩むこと」と、「考えること」の違いについて理解していない人が非常に多かった。人は考えることに慣れていないと、すぐに悩み、その場で停滞しようとしてしまうのだ。結果、物事が先に進まない為、チームがうまく回らない。

悩むのが得意な人がチームに一人でもいると、そのチームは大きく損をする。
そういう人を見る度に、考える習慣を身に付ければ、きっともっと活躍できる人なのにといつも思っていた。

今回は「悩む」「考える」の違いについて 文字通り考えてみます。

悩むとは?どういうことなのか。

まず、悩むとはどういう状況なのかを説明する。
端的に説明すると、「悩む行為」とは、物事を解決に導こうとせずに、ひとり悶々と時間を浪費することだ。仮設が描けないことで、思考が停滞している状態なのだ。

また、悩むこと=解決できないことだ。
例えば、過去のことや他人のこと、分からないことにとらわれている状態のことだ。

悩んでいる状態の時は、ある意味以下のようなうつ病の精神状態に似ているという。

・気分が沈む
・意欲がなくなる
・悲観的になる
・集中力がなくなる

悩むとは、それくらい精神にとって良くない状態だとわかってほしい。また、これが周りに・チーム全体に伝染すると思うと恐ろしいことではないだろうか。

悩むとは?賢人の言葉

悩むことの不毛さについて、賢人たちも以下のように語っている。

「悩む」とは、物事を複雑にしていく行為だ。ああでもない、こうで
もないと、ひとり悶々とする。わざわざ問題をややこしくし、袋小路に入り込
む。ずるずると時間を引き延ばし、結論を先送りする。それが「悩む」という
行為だ。

堀江貴文氏『ゼロ――なにもない自分に小さなイチをたしていく』ダイヤモ
ンド社 P160~P162


なんの目的もなく、そのことを考えることで、ネガティブな気持ちになったり、過去を後悔するだけで、建設的とは言えない行動を、「悩む」ということ

「考えること」と「悩むこと」の違い 《代官山・恵比寿の整体院 菊地屋》 – 【恵比寿・代官山の整体】あらゆる婦人病を専門的にケア・口コミ多数・菊地屋

考えるとは?どういうことか。

次に、考えることとはどういうことなのか。
考えるとは、なんらかの仮説をもって、その検証に向けて行動している状態だといわれている。

考える=解決しようとすること。
未来のことや自分のこと、わかっていることに目を向けている状態だ。

考えるとは、絡み合った物事をシンプルしていく行為であり、物事の本質を見抜くことにも繋がるのだ。悩むとはその逆の行為で、物事を複雑にしていき、本質が見えなくなっていくことに繋がるのだ。

考えるとは?賢人の言葉

考える」ケースでは、最初に問題をできる限り明確にする。そのうえで必要な情報を収集し、整理するといった具合に、手順を踏んで解決策を導き出す

記者の眼 – 「悩む」のではなく「考える」ための処方箋:ITpro

何かの問題を解決しようとしたり、より良く生きるためにはどうすればいいのか?など、なんらかのゴールに向かって、建設的に物事を見極めていくことが「考える」ということ

「考えること」と「悩むこと」の違い 《代官山・恵比寿の整体院 菊地屋》 – 【恵比寿・代官山の整体】あらゆる婦人病を専門的にケア・口コミ多数・菊地屋

「悩む」、「考える」の違い

「悩む」と「考える」の違いをまとめてみた。
以下のように大きく5つの違いがある。

悩む考える
仮説が立てられない仮説を立てられる
過去のことを思う未来のことを思う
主語が他人主語が自分
わからないことにとらわれるわかることに集中する
立ち止まっている前に進んでいる

悩む→考えるに切り替えるには

悩んでいる状態から、考える状態に切り替えるには一体どうしたらよいのか。

それは、悩むと考えるの違いを知ることから始め、「考える」手順を一から踏んでいけばよいのだ。ただそれだけでよいのだ。

順番はこうだ。

まずは仮説をたててみる

次にこれから先の未来のことに目を向ける

主語は必ず自分にする。他人のことは考えない。

わかることに集中する(行動する・調べてわかるものは調べる)

結果、とにかく物事が前に進む


以上
これが考えるマインドだ。

仮説が立てられない時は、過去の事例を調べる・まずは何かやってみる・相談する・調べる。すなわち行動することが大事だ。

仮説が間違っていたらどうする?
そんなことは関係ない。あくまで仮説だ。仮説なんて塗り替えていけばよいのだ。つまり何度でも仮説と検証を繰り返すのだ。完璧を求めてそこから動かないことこそ思考停止の始まりだ。

悩んでばかりで足止めしていてはダメだ。それではチームも自分も停滞してしまう。悩まずに考える、現状より一歩でも前に物事を進めることが大切なのだ。

考えるマインドを持って仕事をするのはきっと楽しいはずだと思います。