パクチーが好きだという嘘つく人々の思考回路


パクチーが食えない。

嫌いとかじゃなくて、食えない。

うーん、パクチーというものを食べ物として認識できないが方が正しいかも。これは食材ではなくて、プラスチックや砂と同類の口に入れては駄目なカテゴリーの物だと思っている。

現在までにまともに食べられたことが一度もなく、料理に入ってこようものなら、その周りの料理すらまとめて除ける。パクチーが入った段階で食物ではなくなる。カテゴリー的には料理ではなく、オブジェに近い感覚になる。食べ物と認識できないのだから仕方がない。

「大人のくせに好き嫌いするなんてねぇ」なんて嫁さんに嫌味を言われるが、これだけは無理だ。食えない。無人島に流れ着いて食料がパクチーしかなかったとしても、たぶん食わない。

「好き嫌いとかいうレベルの話ではなくて、消しゴムのカスをサラダにふりかけては食べないでしょ?」という訳のわからない反論をしてしまう。パクチーを消しゴムのカス扱いしている。

「俺パクチー大好きでさ、店行くといつも増量で頼むぜ」て奇奇怪怪な知り合いが数人いるが、嘘だと思っている。本当は大嫌いなのに大好きという嘘をついているのだと思っている。

あ、ちなみに最近流行っている丸めがねっていうの?こういうやつ→ o-o これも嘘だと思っている。本心でこれ(o-o)がかわいい・かっこいいと思っている奴はいないと思う。このo-oを自然なスタイリングとして維持していたのは、東條英機かジョンレノンくらいだ。

女性の場合、o-oをつけなければせっかくかわいいのに、つけた瞬間一気にブスくなる。わざわざブスになる為のアイテムを何故身に付けるのか。不思議。ちなみに男性がo-oをつけると大体博士になる。白衣と口ひげあれば博士完璧。o-oは嘘だと思う。原宿には嘘つきがいっぱいだな。

あと、エスプレッソも嘘。あんな小さいカップに注がれた苦い液体が本心で好きなやつはいないと思う。最初エスプレッソをテレビで見た時、カップが小さすぎて笑えた。冗談かと思った。飲んでる人、いい加減正直にはきましょうよ。実は「このカップちっちゃwでもそんな俺最高」とか思ってるんでしょ?

で、パクチーの話に戻るが、なんでパクチー族達はそんな嘘ついてまで、パクチーを食す必要があるのかなぁって自分なりに考えてみた。

①もしかしてパクチーを食すことが何かのステータスになっている?

パクチー=お洒落=自分イケてる パターン。
ジャスミンティーとかバニラエッセンスとかコロンとか、匂いの強いものをお洒落とする安易な考えが、
なんかパクチーお洒落ね?的な歪んだ解釈に進んだ結果、上記の構図が完成しまったケース。
ハイウェストが流行ればジーンズを腹まで上げて履いて、カンカン帽が流行れば冬でもカンカン帽を被り、
MA-1が流行ればとりあえずこぞってみんなが着るもんだから、町中が飛行訓練場化する。
80年代的ファションの駄目な部分の遺伝子を受け継いだ人達がこのパターンにはまる気がする。
先述のo-oの方々もこのパターンだな。

 

②味覚がペンギン化している?

甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの味覚のうち、ペンギンが感じることが出来るのは、
酸味、塩味のみ。ペンギンがパクチーを食べた場合、恐らく味がしないんだと思う。ただの緑の葉っぱだ。
この現象が人間界にも起きている可能性がある。ペンギン化したパクチー好き達は苦味を感じないから、
パクチーを無味なものとして、ただの緑色の葉っぱとして食している可能性がある。
味がしないのだから、こちらがどれだけ言葉を尽くしてその味のやばさを伝えても届かない。
そりゃそうだ。野生のペンギンにクリームシチューのおいしさを伝えても、食べたことない物の
味を想像することは難しいし、そもそも味を言葉で伝えるには限界がある。
同じ味覚を持っているという前提でなければ、味の共有は不可能だ。
まぁ、この場合は嘘をついているのではないな。寧ろ正直だ。味が分からない正直なペンギンだ。

 

③苦行として体験し、その効果を実感している?

滝行やサウナのように、きついことを積極的に受け入れるとき、人はむしろ快感に感じることがある。土砂降りの中で逆に笑顔になってしまうのも同様の現象だ。この状況をパクチーを食べることで体験しているのか?確かにバンジージャンプやジェットコースターも最初は恐ろしくて震えるが、やり終えた後の開放感は最高だった気がする。この我慢した向こう側へ安価な切符としてパクチーを利用していたのだ。

以上

なんでこんなことを書いているかというと、先日うちの嫁さんがスーパーで買ってきたのです。パクチーを。嫌がらせのつもりでケラケラ笑いながら買ってきたのです。

実は先日から「台湾に旅行行ってみたいねー」なんて話になっていて、そこでどうしてもクリアーしなけらばならなのがパクチー問題なのだ。

職場に台湾通のおばちゃんがいて、台湾の料理にはどの料理にも基本パクチーが入っていると聞いていた為、お店でパクチー抜きでお願いしますなんて言うと絶対こんな感じなると思ったからだ。

———————————

<台湾の屋台>

俺「すみません。パクチー抜きでお願いしてもいいですか?」

店員「ちっ、まったくよ。また素人が来たぜ、パクチーも食えないんなら台湾なんかくんなよっ(小声)」

俺「え。。やっぱそのままでいいっす。パクチー入りのままお願いします」

店員「いーよ、いーよw苦手なんだろ?無理するんなってボーイ。OK、OK」

店員「おーい、このお客さんの料理からパクチー全部抜いてやんなっ」

厨房の店員「はいよー(半笑い)。ったく、だりぃなぁ、、(小声)」


以上。


あぁ、つらい。この状況考えただけでメンタル崩壊しそう。完全に下に見られてる構図が出来上がっている。この状況では逆転は不可能。メンタルをボロボロされた状態で、妥協の産物を嫁さんの目の前で無言で食べ続けるしかないのだ。つらい。

パクチーを食べられる人生と、パクチーを食べられない人生どっちがいいかを聞かれれば、そりゃパクチーを食べられる人生の方が僅差だが良い。こんな目にはあわないから。

で、嫁さんが普通にもぐもぐ食べているからさ、もしかしたら今なら食えるかもと思ってしまいまして、昨日ガタガタ震えながらも苦行のつもりで一個パンに載せて食べてみましたよ。

 

(~Д~)

 

嘔吐。

 

駄目だった(~Д~)

圧倒的な力の差を見せ付けられて、一瞬で嘔吐。抗う余地すらなく嘔吐。「これは口に入れてはいけない物です」感が一瞬で口の中に広がって、
そこからは脳細胞が即座にそいつを排除しろと命令をくだし、その命令に沿って消化器たちが一瞬で吐き出す為の準備に取り掛かる。吐瀉物(としゃぶつ)と一緒に流れ出る涙と鼻水と敗北感。

その後は独り言のように「駄目だったかぁ。」を狂ったように連発。

もう、パクチーを食べられない人生でかまいません。

以上、

全く糖質制限等は関係ないブログでした。
こちらもどうぞ。全く関係ない話です。

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